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in kyoto, in NewZealand, in Oz land, be in adventures, is the life of mine at this moment
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此方に来てから、毎日厨房のお仕事を楽しくやっております。
毎日笑って、創作が楽しくて、新しいメニューを覚えて、最近は卵料理を練習中です。
まかないを作ることで修行ができるので、近頃は作らせていただいてます
オムレツは、まだシェフより お客様に提供するゴーサインを戴いていないけれど、
食材がたくさんある中で料理をするのは本当に楽しい。

明日は銀行に行って、切手を買って日本に手紙を投函して、
お家賃を払ってすっきりして、街に出て図書館に行く。
CDがたくさんあって楽しいのです。

今、こちらは12時を回ったところ。
日本は、10時。
早寝早起き生活みたい♪

それではおやすみなさいまし。
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で、私が幸せの気持ちを向上させることに興味がない私にとって、何が意味を成したのか。
それは、薬に関する記事に挙げた三点が主な理由です。

今、私の側にはオーストラリアに来てから知り合った ルカ(ルーク)という存在がいます。
お互いがお互いのことを大切に感じて、それを伝え合うタイミングさえ同じだったことが どんなにか嬉しく、歩調ひとつひとつに喜びを思うくらいです。
急な展開すぎるけれど、将来を誓う…言葉を受けて、私もうなずいたくらい

だ、

けれど

持ち前の男性嫌悪で 息がうまくできない症状も出たし、
伴って、相手を否定し始めました。
せっかく、先だって私の症状を伝えないで居て、健全に楽しいままに間を深めたかったけど
無理になりました。
なんでだろうね、なんでこういった思いが出てくるんだろう
自分でもさっぱりわからないし、明瞭な理由なき中、一点、非常に恨むことがある
でも、それさえ私は肯定しますよ。自分を救うために。
でもね、自分の幸せに興味がなかったのは、前頁のように確かで、
それは例えば、
「自分の食事のために時間をかけないけれど、誰かが食べてくれるならこだわるし、食材も買う」
という今までの行動にも表れていたんだなーと振り返りました。

ルークが、「幸せになるためだよ、薬を飲むことで回復に向かうなら、それをしようよ」と言ってくれたことに、私は期待も希望もしなかった。
でも「それをすることは、私(ルカ)が幸せになることでもあるんだよ」と言ってくれた瞬間に、心が晴れやかに、精神状態の回復を望むようになった。雲が晴れたように光が差した瞬間、
幸せを望む、とか 相手を幸せにするってのは、そういうことなんだなぁと暖かに感じたわけです。

この先どうなるかは、わからない。私の精神が良くなるかどうかもわかりやしないし、
ルークとの関係がどうなるか、ということも。
先はいつも不安で、でも楽しみというかすがいがあります。だから期待はしないけど、希望を純粋に進めていく作業を私はします。

これまで病院に行くことを勧めてくれたことのある ちひろや、よしゅあには、受けた言葉を軽く取っていたわけではない、と伝えたい。思いや勧めはわかったけれど、私は私を直すために能動的になることができなかったのです。不摂生な食事を気にしないと同様、自分への興味がなかったためです。くれた意見を無視していた訳では、ないのよ。
私が回復することが、他人の幸せ(安定)に繋がるなんて微塵も思わず
(今だって、彼らにとって私の幸せが興味深いものかなんて、わからないし。)
そう思うことは、妙な自己肯定や無駄な自尊心から来ること。そもそも私は自分自身がゴミだったり価値のない人間だったり、醜いものであると、長いこと感じていたから。
小学生の時には何か上手くいかないことがあれば自責によって自分の膝に痣ができるくらい殴ったり、自己嫌悪や醜形恐怖、否定や不安はいつもあった。

だから今こう思う。もっと早くに元気になっていれば、ヨシュアを狂おしさに貶めることもなかっただろうし、ちぴこやダナちゃんや、宿のお客様や、その他の沢山の人を苦しめた可能性を、少しは軽くできていたかもしれないこと… 後悔を感じるけれど、これからの人生で治し、健全に人にやさしくあれる可能性として進もうと思います。

迷惑を掛けていた人々にごめんなさい、と、
よりよく有ることで返していきたいと感じています。


もう少し、時間を掛けますが。
よろしくね。
その、薬の話と同時に 自分のための「幸せ」の定義を知ることができた(と、思う)

私にとって、幸せは、割といつも感じているもので、これは「恵まれている」という表現の元にあると思っています。だから、今ここに生きていること、これまでの歩みに満足していること、自分の成すことと、それによって恵まれた人間関係を感じること、何かものつくりや表現をしている時、
すべて幸せでした
だから、落ち込むことがあっても、また浮上するときを待つことができた。

ただし、悲しみや落ち込みや、苛立ちの感情を払拭しきないとき、それを人にぶつけるとき、
ふさぎ込みを操作できないとき、
は、有ります。有り続けます。

そんな中で気付いたことは、「私にとって、『あなたを幸せにしたい』だの、『あなたを助けたい』は響かない」ということ。
私には、助けてほしいと頼んだ覚えなんてない、という無駄な自尊心がいつもくすぶっている。
同様に、「幸せにほしいなんて思ってないし、そもそも私は、今のままで充分幸せよ」とひねくれている。
さらには(自分の状況やスキルではなく、自分が) 良くなること について、興味をもっていないんだな、ということを昨日知りました。
言い換えれば、「他者より自分が恵まれている」ことに恐れを持っている。これは、中学の時に強く感じて、今も忘れていない思いです。
また、自分がポジティブで居続けることに対し、落ち込みを感じるひと、悲しみを抱く人、心が不安定な人、を置いてけぼりにするような感覚がつきまとうことがいやだった。私だって、落ち込むと ひどく沈んでしまう人間だったので、ある種これを特権とし、「傷をなめ合う」はそれでも好かなかったけど
彼らを理解できるための要素だと思っていたためでした。

高校や、大学まではこれが有効だったと自負します。
けれど、
けれどね、
本当に不安定なひとたちは、元気になるときびすを返してサヨウナラ していきました
私の行動なんてなかったかのようにね。

だけど私は恨んだりはしないし、(悲しいけど) それで自然だと思った。
そもそも、そういった状況にちからを添えたいと思った時点から、「ありがとう」だとか、「あなたのおかげで」なんて期待するべきではないことは、なぜか感覚的に知っていたから。

と、いうわけで、この歳になると、自分が同じく沈む人間で有り続けることに 無駄を感じてきた訳です。

本題に続きます。


精神を安定させる薬を呑むことに決めました。
唐突ですが…。

理由はみっつです。
・今まで、自分の調子を整えることに熱意や興味を持っていなかったこと
・このままの調子が続いたなら、私はお嫁に行けない気がしてきたから。
・今までにも、摂取していたなら良かったと後悔は多少あるけれど、今、大事な人(ひとたち)をこれ以上私によって苦しめたくないと強く感じたため。

私は、薬を飲むことや 心の調子が安定していない状態…と、その心を持っている人達を軽んじることは決してしないけれど、
薬に対して魅力を感じていないのも確かでした。
ある種、サプリメントのようなものと、あえて感じるようにもしています。
それから、自分が足を痛めた経験に重ねて、薬は「松葉杖」のようにも感じました。
つまり、松葉杖を持っていると「この子は足が悪いのだな、手を貸すことまではしないにしても、追突したり、階段で道をふさがないようにしよう」と、思って貰えるためのメッセージとして重宝したと言うこと。

実際、松葉杖を持たなくなった以降は、世界のすべてが危険に充ち満ちているように思えました。
他者からみたら、まるで普通にあるけるような風貌だけれど、
信号が変わった瞬間に道路を渡り始めて向こうに辿り着くまで、さえもが怖かったからです。

それでも私は、薬を人前で飲むことはあえてしたくはないと思っている。よほどの精神状況になってしまえば、わからないことだし、
私が薬を飲むことを知るくらいに近しい関係の人には、隠す必要がないとも感じている。

さて、症状についてですが
もちろんお医者様に相談の上で、私の感情の動きがどういった名前で説明されるのかを聞かなければなりません。
カウンセリングを受けることや、自宅療養や時間が解決する内容のために病院に行くことをこれまでの人生で「お金がもったいない」と感じていた私にとっては、大きな前進のように思います(私にとっては、という注釈の上で捉えて下さいね。)


ただ、ひずみが浅いものではないと感じ始めたのは、特にカオサンに勤めていたときです。
感情を失って無心になることはNZで経験しました。

何が原因なのか、さっぱりわかりません。
男性に対する嫌悪は、検討のつく経験がありますが すべてが繋がっているのか、
私の性格上の問題なのか、それは相談してみないとわかりません。
理想のカウンセラー(日本語でも英語でも良いけど)に会えるかはわからないので、薬の摂取を目標にして、心のケアがさらに必要な場合には帰国後までゆったり構えようと思います。

負のスパイラルが溶けたなら、私は自虐の感情や行動を思い出のもの、そして教訓や助けとして感じられるように成る気がする。そうなったら、嬉しいと思う。
これは決して、負に生きる人を見捨てるわけではないから。
自分の経験を踏み台として、伸ばす手を持てたなら、それが最善のように思う 年齢と、時期だと思います。
人を好きになるって、そんなに気持ちのわるいことなのかな?

異性と、他人と、近づこうとするのは、そんなにおぞましいことなんだろうか。

私は、知らぬ人に近づくことには非常に嫌悪感を感じる。
女の人だって、身の毛がよだつときだってある。近づき過ぎられると、わざと一定の距離を作る。


好きな人であろうが、怖くなって逃げ出したくなる。

それでも、感情と、心と、人体は 同じ場所にあって私には別々のもの。

だから、一部がそれを欲することに、時々私はさからえなくなる。

両親にだって、「愛」を感じることは難しかった。
だって、意味がわからないし、教えられたことがなかったし、未知のものだったから。

そして、言葉に対してひどく神経質な私は、
いまだに人に好きと伝えることに、心の底からの感情が伴わない限り、軽んじて発することができない。



でも、ひとは好きだ。
好きな人から否定されることがあっても、
私に興味をもっていて、私も興味をもっている人を大切にしたい、プラス暖かな気持ち。

私はただ、それがずっと続くのが、自信がないので怖くて仕方がない。



好きでも無い人に好かれるのはもっと怖い。
でも、いちど好きになった存在を、嫌悪する自分の方が、もっと悲しくて怖い。

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プロフィール
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