in kyoto, in NewZealand, in Oz land,
be in adventures, is the life of mine at this moment
精神を安定させる薬を呑むことに決めました。
唐突ですが…。
理由はみっつです。
・今まで、自分の調子を整えることに熱意や興味を持っていなかったこと
・このままの調子が続いたなら、私はお嫁に行けない気がしてきたから。
・今までにも、摂取していたなら良かったと後悔は多少あるけれど、今、大事な人(ひとたち)をこれ以上私によって苦しめたくないと強く感じたため。
私は、薬を飲むことや 心の調子が安定していない状態…と、その心を持っている人達を軽んじることは決してしないけれど、
薬に対して魅力を感じていないのも確かでした。
ある種、サプリメントのようなものと、あえて感じるようにもしています。
それから、自分が足を痛めた経験に重ねて、薬は「松葉杖」のようにも感じました。
つまり、松葉杖を持っていると「この子は足が悪いのだな、手を貸すことまではしないにしても、追突したり、階段で道をふさがないようにしよう」と、思って貰えるためのメッセージとして重宝したと言うこと。
実際、松葉杖を持たなくなった以降は、世界のすべてが危険に充ち満ちているように思えました。
他者からみたら、まるで普通にあるけるような風貌だけれど、
信号が変わった瞬間に道路を渡り始めて向こうに辿り着くまで、さえもが怖かったからです。
それでも私は、薬を人前で飲むことはあえてしたくはないと思っている。よほどの精神状況になってしまえば、わからないことだし、
私が薬を飲むことを知るくらいに近しい関係の人には、隠す必要がないとも感じている。
さて、症状についてですが
もちろんお医者様に相談の上で、私の感情の動きがどういった名前で説明されるのかを聞かなければなりません。
カウンセリングを受けることや、自宅療養や時間が解決する内容のために病院に行くことをこれまでの人生で「お金がもったいない」と感じていた私にとっては、大きな前進のように思います(私にとっては、という注釈の上で捉えて下さいね。)
ただ、ひずみが浅いものではないと感じ始めたのは、特にカオサンに勤めていたときです。
感情を失って無心になることはNZで経験しました。
何が原因なのか、さっぱりわかりません。
男性に対する嫌悪は、検討のつく経験がありますが すべてが繋がっているのか、
私の性格上の問題なのか、それは相談してみないとわかりません。
理想のカウンセラー(日本語でも英語でも良いけど)に会えるかはわからないので、薬の摂取を目標にして、心のケアがさらに必要な場合には帰国後までゆったり構えようと思います。
負のスパイラルが溶けたなら、私は自虐の感情や行動を思い出のもの、そして教訓や助けとして感じられるように成る気がする。そうなったら、嬉しいと思う。
これは決して、負に生きる人を見捨てるわけではないから。
自分の経験を踏み台として、伸ばす手を持てたなら、それが最善のように思う 年齢と、時期だと思います。
唐突ですが…。
理由はみっつです。
・今まで、自分の調子を整えることに熱意や興味を持っていなかったこと
・このままの調子が続いたなら、私はお嫁に行けない気がしてきたから。
・今までにも、摂取していたなら良かったと後悔は多少あるけれど、今、大事な人(ひとたち)をこれ以上私によって苦しめたくないと強く感じたため。
私は、薬を飲むことや 心の調子が安定していない状態…と、その心を持っている人達を軽んじることは決してしないけれど、
薬に対して魅力を感じていないのも確かでした。
ある種、サプリメントのようなものと、あえて感じるようにもしています。
それから、自分が足を痛めた経験に重ねて、薬は「松葉杖」のようにも感じました。
つまり、松葉杖を持っていると「この子は足が悪いのだな、手を貸すことまではしないにしても、追突したり、階段で道をふさがないようにしよう」と、思って貰えるためのメッセージとして重宝したと言うこと。
実際、松葉杖を持たなくなった以降は、世界のすべてが危険に充ち満ちているように思えました。
他者からみたら、まるで普通にあるけるような風貌だけれど、
信号が変わった瞬間に道路を渡り始めて向こうに辿り着くまで、さえもが怖かったからです。
それでも私は、薬を人前で飲むことはあえてしたくはないと思っている。よほどの精神状況になってしまえば、わからないことだし、
私が薬を飲むことを知るくらいに近しい関係の人には、隠す必要がないとも感じている。
さて、症状についてですが
もちろんお医者様に相談の上で、私の感情の動きがどういった名前で説明されるのかを聞かなければなりません。
カウンセリングを受けることや、自宅療養や時間が解決する内容のために病院に行くことをこれまでの人生で「お金がもったいない」と感じていた私にとっては、大きな前進のように思います(私にとっては、という注釈の上で捉えて下さいね。)
ただ、ひずみが浅いものではないと感じ始めたのは、特にカオサンに勤めていたときです。
感情を失って無心になることはNZで経験しました。
何が原因なのか、さっぱりわかりません。
男性に対する嫌悪は、検討のつく経験がありますが すべてが繋がっているのか、
私の性格上の問題なのか、それは相談してみないとわかりません。
理想のカウンセラー(日本語でも英語でも良いけど)に会えるかはわからないので、薬の摂取を目標にして、心のケアがさらに必要な場合には帰国後までゆったり構えようと思います。
負のスパイラルが溶けたなら、私は自虐の感情や行動を思い出のもの、そして教訓や助けとして感じられるように成る気がする。そうなったら、嬉しいと思う。
これは決して、負に生きる人を見捨てるわけではないから。
自分の経験を踏み台として、伸ばす手を持てたなら、それが最善のように思う 年齢と、時期だと思います。
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