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in kyoto, in NewZealand, in Oz land, be in adventures, is the life of mine at this moment
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お陰様で商売繁盛笹持って”濃い”
ポストカードも販売開始ができました。
自己プロジェクトが達成できて嬉しいなー

ほんで豆!

エスプレッソ豆がやっぱり良いんだ、と思いました。
4連日で開けての四日目、さすがに寝不足もあって頭ふら~としてたので
今朝はゆったりしようと豆研究+スチームトレーニングをしておりました。
牛乳に熱を加えすぎると、一気にピッチャーから噴出するんだぜ。
これは自分の見極めが悪いせいで起こるのだけど、
「荒ぶる神」と呼んでいる(私が勝手にね)

それから、珈琲成分を抽出後、(マシンのパワーゆえ)スチームまでの時間 放置しているときはいつも「Saide(サンチャゴゲストハウスで働いていたAUSの女の子。カフェで10年くらい働いていた)ごめんなさい…!」と思う。珈琲成分は、抽出後放置すると、どんどんアロマが飛んでいくからだ。

さて、今日はこの4.連勤の締めということで、次回22日~の土日月オープンのため暫く時間があるし、
機材等ハイター漬けたり消毒をして きちんと片づけにゆとりを持てた今日はさわやかな気持ちッした☆
いつもはお客様対応もあって 最後は片づけ祭りにバッタバタしているので(もちろん独りで…(;×;)) いや、悲しくはないんだ。私はひとりで作業するのがあってるって知ってる。動きが止まらなくなるのだよ 慣性の法則のように。

来週は、曲ジャンルをわけた音源で流すのも楽しみやし、
今日は自己ベストなラテのフォームが出来たで、来週は最高のカプチーノを作ろうと思う。(ちょっと分厚すぎるけど、フォーム好きにはたまらない気がする)
抽出を2杯分を一杯に使うという豪華バージョンにしよう。
カプチーノは、ゆったりと下降していく波に芸術を見る。

豆のブランドにこだわりはないが
「ブレンド」にこだわっているよ。

ところで、中島さん(教授)ともお話ししたけれど、アメリカにアメリカンという入れ方がないように、カフェオレとカフェラテは言語が違うだけで同じもの…、という原義はあれど
もしかすると国でイメージが違うのかも。
カフェオレはシンプルに「ミルク+珈琲」、
カフェラテは「スチームミルク+エスプレッソ」な気がする。



なんか最近、こんなに落ち着いて毎日が平和でたんたんとしてて
ちょっと怖くなる
週1休みで、明日は宿仕事とかあるし、
自営業って家でもやることがようけあるけん忙しいのやけど

毎日楽しいんだ。
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フレンチ最愛のソニアが東京から京都観光に来た(今はフランスから仕事のため東京にいる)

ダーリンとは初めて会ったけど、きさくでユーモアもあってソニアのこと好きなのがすごく伝わってきて嬉しかった

で、

そのふたりが昨日我が家にきて、着付けをご所望。
ぅはー 先斗町鴨川をどりの着付け以来で おたいこ つのだしは忘れかけ。
(浴衣用の帯をもってらしたので、帯幅が狭くイメージが付きにくかったのかもしれんが。)
私は自分で着るにも袴がメインなので、おはしょりや裾を意識しないので 難しかった…
先斗町の時は、芸妓さんやメインの衣裳方さんが逢わすことが多かったし、そもそも芸舞妓はんの御衣裳は裾が長くてからげてらっしゃるから意識もなかったんやった…!

と、そんなわけで男性の着付けは初めてやったし、
女性の着付けも浴衣帯で飾った締め方をするに予習が必要で、良い勉強になりました。
男性陣の袴は腰ひもが短くて、後ろに通して結べない…なんで?というのも、
前で(タブリエのように)リボンぽく処理すること。
フランス女性の体系自体が、日本とは違うもんで背腹のおはしょりの長さがとんと変わってしまうこと、
男結びの角結びを初めて結んだこと…

お着物に詳しい方の目につくのが怖いで、羽織があって良かった(>0<)


彼氏さんは長髪を結んでたもんで、行きずりのおばあさまに「坂本龍馬みたいだねぇ」って言われとった!

良い経験なったー♪

自分用にやっぱり帯は作れないから(←技術がない…。浴衣の蝶々しかできへん><)、ひとに着付けするの楽しいなー♪
音源をジャンル別にわけてみた。

R&B…昔の英語の曲とうたださんが混ざっている。昔の曲は、スタンドバイミーとか
Classical…ある時期を堺にすごくすきになったの。昔から我が家にクラシックのCDはあったのだけど。小学校の音楽の先生にもすごく感謝している。懐かしさも伴ってゆったりと聴ける幸せ。
Rock…スーパーフライがいっぱい
EasyListening…アンジェラさん系 女性ボーカルのゆったりしたやつ
English…NZで聴いてた曲がメイン。英語のうた

サントラだけど、FFもエヴァも、そしてジブリも良い曲が多い。
映画のクオリティとは、映像に留まらないと私は思う。



今日仕事帰りはちょースローで自転車こいで 川沿い歌って帰った。
こういう時間 だいじ(社会のなんば先生ふう。)



今、はるさめをめんつゆ3倍濃縮につけて食べてる
おそうめんみたいで、でも脂質低いでヘルシー




最近、シェアハウスメイトが増えた。


・・・・ねずみさん。


他のシェアハウスメイトが罠を仕掛けた。

毎日そわそわしながら 床に設置した板を見る。

心がくるしい



カフェは順調
昨日は大学の教授が来て下さって、久々に突っ込んだ話をじっくりとできて快感やった。
教授のおくさまに、「言葉を丁寧に選んで話しているのがわかる」と言われ、嬉しかった。

性別及び人間のサガ、についての意見。
とてもじゃないけど良い発言ではないので、不愉快を感じそうだったら読まないで下さい


私だって、人間の性、への嫌悪はすごくある。今だって意識していない風に日々を過ごしていたって
そういった場面に出くわすと自動的に嫌悪を感じる。
同居人が、彼女がいる(もしくは離れたばかり?)だのに異性の訪問者を数日部屋に泊めているだろうことも、
完全に別れたという名目且つ各々に新しいひとがいるにも関わらず ふたりともが参加した集まりで手を握り合っているとか(どちらが持ち掛けたかとかいうのは 問題じゃ、ない)


ひとりになりたい気持ちが強いときに やたらべたべたすることを求めてこられたら
いくら好きで一緒にいるひとに対してだって その手の嫌悪感を感じてひとりで深いため息をつくし。

慕っている上司が、お酒が入ると一点して異性に距離が近づきがちなことも
「ようやく本当の愛を見付けた(私のことではない)」と発言するひとが 私とふたりになった途端迫ろうとしてきたこと(意味がわからなさすぎてこれは異例)


その他人間の性質?
発言がとぼけていて、他人に集中してますか?と思うような頭の使い方してるようなひとなのに「勝ち」にいこうとする言動が見えてくるとか
自分の仲間がいるときだけ強気になるひととか
表向きはいい顔してるのに、裏でこそこそと否定をするとか、無視をするとか。


でもね、こんなこと考えたって 私が人間であることも変わらないし
「ひと」と居る時に それらと出会うことは 多くひとと関わると現れるものなんだわ。

だからって、ひとと居るすべてが いやなばかりではないし、
ひとといることで幸せに導かれる歩みができるし
ひとと関わりを多く持っていたって、これらの嫌悪に全くであってない人生もあるかもしれないし、
この嫌悪自体をなるべくボリュームダウンすれば、素敵なことに溢れている。
観ないようにするとか、観たって「他人は他人」と思って主観に取り入れないとか
そういう対処をする。
あるいは、究極に滅入っているときには 下衆野郎、と心で一喝してあとは蚊帳の外だと思えばいい。

機嫌の取り合い、性別の見せつけ、優劣の尺を振りかざす、等

たくさんあるんだ、そんなことは。
でも私は諦めない。
私の世界、キャンバスに映る色を大切にするために、そういうことを感じても、文字に書くだけにする。ひとには言わない。(攻撃、という意味で)
そもそも基本的にはあんまり感じない。
中学校くらいのときから、「悪い言葉」を言わない意地を張った
「きもい」という発言をすることで同調する友人関係なら、後ろ指さされながらで自由な心を持っている方が良いと思っていた。
あるひとを侮辱する発言をいうことで仲間入りをさせようとしてきた友人を一瞥して空気をしらけさせたけど それで良いと思った。
自分が、他人よりしんどいことをしない限り、発言をする価値もしくは権利はないと強く感じたこともあった。

ブレずに恐れずにいたら、素敵な人達が周りに居てくれていた
時々は辛いめにあったけど、
特に、ひとりで異色の場所に身を置いたときには 相当に攻撃をされて それでもひとりやったけど
だからってひとの否定をしたくないし、他者の行動をシビアに評価しているのとは違う。

その世界のやりかたであると肯定し、
だから「自分の世界観とは違う」と水の色を濁さずにいた(お互いにね)
けれど景色は覚えているから、そういう(私にとって)おぞましい発言や悲しい出来事から、多くひとの心理を学んだりもした。

私は強いと思うよ 自分でいうのもなんだけれど。
ある意味には狡いだろうし、ただラッキーなだけかもしれない。
ただ、自分のやりたいことをしていく中で 嫌悪を感じるものを避けていたら
今ある姿になったのよ

強いなんてことだって
本当に強いひとなら「嫌悪」すら感じないかも知れない。逆に、物凄く感じていたとしても、むしろ利用したり積極的になるのかも。

何も正解ではない中で、自分の正統を気にしつつ
だからこそひとを肯定する発言をなるべくする。
自分と関わってくれていることに感謝を表すつもりで、なるべく良いことを見付けたら、言う。

だからって、ウソはつかない。感じないことは言わない。
私が私に対して嫌悪を抱けば そこで世界が崩れるのがよくわかるから。

それほどに、嫌悪って怖いものだよ、ね。

見えなければ良いと、何度おもうだろう
だけど、身を護るために本能的にあるのよ、と信じたら
そう、自分の世界を思うがまま美しくつくるためなのではないだろうか
だから、私が「嫌悪」を感じることに、それを思わないひとは、そのひとにとってのうつくしい世界を存分に創っているのだとおもう。
そうすると、みんな幸せなんだと思える
私はそのそれぞれの幸せは、肯定したいと思っている
だから嫌悪はあってもいいし、それを振りかざして人間を否定するのは、もう辞めようかな、と思っている。
の、せいなのか やたらに寂しく辛く、つまらなくなってきた
いや、恐らく鉄分が足りないせいだと思う。自己暗示に過ぎない可能性もあるけれど、
鉄剤を飲み出して以降、以前のような鬱々とした状態を回避しやすくなったし、
数日飲んでいないと(今回は、持っていたものがなくなったので…)こういった低迷が感じられる。

前向きな気持ち、ってのは悪くないと思う
考えなくてもいいような負の要素… は、見えるのは見えるけど 自分に害を及ぼすと感じ取ったら 遠ざける判断を早目にすることができる、ということ。
だから、前向きだからって 以前はしっかりと向き合った小さな事に気づかない、と同等なのではない。

ただし、こうして悶々と-出口が見当たらないが故-書き綴るという行為は やはりしなくなりがちだから
そういった面で、「前向きな気持ち」による弊害?は出てくるかも知れないね
ただし、読む人を害することを避けているなら 書かずにいて正解かもしれない
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