in kyoto, in NewZealand, in Oz land,
be in adventures, is the life of mine at this moment
いつもながらというべきなのか、私は運が良いと思う。
私の行動が招くものや、振る舞いが困じて起こるというのは単なる自負ではないとは言えるとしても、
どういった人と、どんなタイミングで出会うかと言うことは 誰にも操作できることのない、漠然と「運」なのだ と思う
かといって、それが起こらなかった以後の人生はわかりやしないから不思議だ。
例えば列に並んでいて、隣の人に話しかけるか話しかけぬかは行動に依るものだけれど、
その人と隣り合わせに並ぶかどうかなんて 誰がわかるだろう?
ところで私は、知人の御陰により居候させて貰った家を突然に今日出ることになったので
SNS上で「今日のごはんが」だとか「先日行ったイベントが」という日本の記事を見て
なんともいえぬ平和さを感じて そんな場合ではないのだ、などと頭によぎる偏屈野郎なのだけれども
そんなこといったってこうしてパソコンさわっている余裕というのか 戦地ではない場所に生きている幸福というか
結局、ひとのちからを借りて 知人の家に居る。
なんだかなぁ
自分も、ひとを助けたり ちからのありったけ注いで協力したり
そういった経過がなかったわけではないけれど
何か足りない。
何か、やさしくない。
私は、人を評価し続けている。
だから自分だって評価され続けてあたりまえと思っている
だけどこれって苦しくて悲しくて他人に対して壁を作ると同じ事。
ビジネスライクの中に人情を詰めまくる私なんだけど
ある一定以上だか以下に対する冷たい目がいつも気になる。
自分のね。
とにかく今は、自分のキャパを拡げないと優しくなれないよ
そういうことで、今から履歴書をばんばん作るべきなんやけど
空港で知り合ったメルボルンの人、ルカと今日は街を歩いて どんだけ心強かったかな
きっと、空港で出会うことなくして、彼の存在が今なかったとしても
同じように街に出て仕事を探したり、瞬間で期待を裏切られたり
何件も携帯屋をはしごして説明聞いて決めたのだろうし、その点困らないくらいに英語を使ってはいるけど
きっと、今心細くならないのはルカが居てくれた御陰なんだろう。
彼が既に私を好いてくれている風なのは感じるし、私も安心して話せて不思議なくらいだし好意はあるけど、
吊り橋効果と似ているものという理性は一部あたまに残っている。
やし、不自然にも思う、この距離感。少し怖い。
けど、私特有の男性陣に対する嫌悪、を、感じない対象を「兄弟・友人」と割り切る感情とは違うことは前進というか新鮮。
何もかもが難しく感じられるこの都市で、私が今生きるために必要なものは、住む場所と仕事と、他になにがあるでしょうか?
ほんと、ちょっと
厳しいっす、この街。試されるわ。
私の行動が招くものや、振る舞いが困じて起こるというのは単なる自負ではないとは言えるとしても、
どういった人と、どんなタイミングで出会うかと言うことは 誰にも操作できることのない、漠然と「運」なのだ と思う
かといって、それが起こらなかった以後の人生はわかりやしないから不思議だ。
例えば列に並んでいて、隣の人に話しかけるか話しかけぬかは行動に依るものだけれど、
その人と隣り合わせに並ぶかどうかなんて 誰がわかるだろう?
ところで私は、知人の御陰により居候させて貰った家を突然に今日出ることになったので
SNS上で「今日のごはんが」だとか「先日行ったイベントが」という日本の記事を見て
なんともいえぬ平和さを感じて そんな場合ではないのだ、などと頭によぎる偏屈野郎なのだけれども
そんなこといったってこうしてパソコンさわっている余裕というのか 戦地ではない場所に生きている幸福というか
結局、ひとのちからを借りて 知人の家に居る。
なんだかなぁ
自分も、ひとを助けたり ちからのありったけ注いで協力したり
そういった経過がなかったわけではないけれど
何か足りない。
何か、やさしくない。
私は、人を評価し続けている。
だから自分だって評価され続けてあたりまえと思っている
だけどこれって苦しくて悲しくて他人に対して壁を作ると同じ事。
ビジネスライクの中に人情を詰めまくる私なんだけど
ある一定以上だか以下に対する冷たい目がいつも気になる。
自分のね。
とにかく今は、自分のキャパを拡げないと優しくなれないよ
そういうことで、今から履歴書をばんばん作るべきなんやけど
空港で知り合ったメルボルンの人、ルカと今日は街を歩いて どんだけ心強かったかな
きっと、空港で出会うことなくして、彼の存在が今なかったとしても
同じように街に出て仕事を探したり、瞬間で期待を裏切られたり
何件も携帯屋をはしごして説明聞いて決めたのだろうし、その点困らないくらいに英語を使ってはいるけど
きっと、今心細くならないのはルカが居てくれた御陰なんだろう。
彼が既に私を好いてくれている風なのは感じるし、私も安心して話せて不思議なくらいだし好意はあるけど、
吊り橋効果と似ているものという理性は一部あたまに残っている。
やし、不自然にも思う、この距離感。少し怖い。
けど、私特有の男性陣に対する嫌悪、を、感じない対象を「兄弟・友人」と割り切る感情とは違うことは前進というか新鮮。
何もかもが難しく感じられるこの都市で、私が今生きるために必要なものは、住む場所と仕事と、他になにがあるでしょうか?
ほんと、ちょっと
厳しいっす、この街。試されるわ。
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