in kyoto, in NewZealand, in Oz land,
be in adventures, is the life of mine at this moment
私最近blogの更新が明らかに減ったのは、携帯電話からメールで書き込みができなくなったからなの。
二年ほど前からかな?
スマートフォンに押されてしまったガラパゴスのせつなさよ。
ところで京都にてお店を構えての自営業を始めました。
これは二ヶ月限定のカフェの予定でして こういった生き方を快く思わない方もいらっしゃるかも知れない。
これまで関わった、馬の仕事の牧場主さんや、芸舞妓のイベントの衣裳方さんと接する中で感じたこと。私は職人肌の方々とは(善し悪しの観点ではなく、)平行線であって交わりはしない、
飄々としているがゆえに毛嫌いされるようだ、と
それでも私はその方達と束の間でもご一緒できたことを有り難く、財だと思い
才の芽を宿して下さったとも思っている。確かに、私の中でこれらは育ち、次なる糧にもなっている。
(と、この考え方が生意気なのだ)
はたまた今現在に始まらず、大学を卒業し、海外を一年住むうちからずっと考えていたことがありました。
形ではなく精神面での「半自営業」の生き方。あるいは、「季節労働者」の表現。(これは、ある日写真展で見た「ユージン・スミス」の作品 季節労働者より得たインスピレーション。)
ずっと考えてきたことはそうそう変わるものではなく… もとい、私には「筋を通したい」気持ちがずっとあるのです。
小学生くらいのときから、ずっと。
だから、フィリピンで知り合った人に2年後くらいに「あにぃのやりたいこと、考えていることが以前と変わらずそこにあって、着実に向かっていることに驚いたよ」と言われたことには、気づきをもらえて驚き、とても嬉しかった。
ところが、この核なる…人生的な野望は、足の靱帯断裂と共に一度絶えかけ、今模索の暗中にある。
そんな私は今、カフェの経営者として京都にお店を構えたところなのだけれど、
(このお店は、年末には閉める予定で開始した。個展を開いているような、気持ちです。)
これは2年前に勤めた宿の経験から構想が始まったこと。
ところが、実現のスイッチを入れたのは、皮肉にも この足の怪我。
いつか、いつか必ず足が動きにくくなる日が来ると思っていて、
それでも働けるスキルを身につけたくて、髪を編むブレイズの技術と、このNZ式バリスタの資格を手にした。
それでもやっぱり、根底にあるのは以下に書く思いだった。
それは、足のことも、宿の仕事も始まる以前…
枠を抜けての序幕が開ける前にいた私の気持ち。
先日、私のカフェで営業をしないかと誘った関東の友人へのメッセージから。
友の名は、あだち。
彼はタロット占い師として起業し、ちょうど今、活動を拡げようとしているところなのです
*
これを機会として、ゲストハウス系&海外の人向けでのアダチの軌道が見えてくることを祈っています。
私のカフェでは、12月末の営業満了予定までの間、あだちの必要があるならばいつでも来て頂きたいとおもっているし
何にせよ 良い流れが出来ることを少しでもサポートできたら幸いよ。
私の半自営業的な生き方は、時間の制約をなくすことで他者のサポートをしながら 少し社会貢献が出来ることを願ってのことなので…
今回、あだちの行動力によって活気を頂けたこと、幸いに思います。
*
私にとって、夢や希望や展望や野望、
喜びや満足といったものが、 こんなにも「他者」と関わる中で生まれ
育まれ、実を結んでいくものだとは
高校からその先に上がるところでは きっと想像も出来なかった。
不思議ね、中学三年生の夏から ずっと向かった英語のノートが
今こうして 人と人を繋げる媒体として
そして私の軸として彩られたこと。
この彩りは、ずっと半透明であってほしい。
軸が、中身が、大元が、根元が、
その時大事にしていた人との会話や、その種が、
見えなくなってしまわないように。
私がどんなに世界を知っても拡げても、大事な人の存在はいつまでも忘れない。
ちひろの存在は隠れたりしないし。
「思い出す。」
それは、ゼロかヒャクとか
白か黒か、
とかが割と好きな私の筋でもあるけど
半自営業とか 半透明とか、
ひとと繋がる意味を見るとき、つつみこんでくれる果肉にようでもあるのよ
甘く、みずみずしく、鮮やかな色で
次なる実を結ぶために きっと大事なサイクルのひとつなのよ
それが、半分 自分を営むと言うこと。
二年ほど前からかな?
スマートフォンに押されてしまったガラパゴスのせつなさよ。
ところで京都にてお店を構えての自営業を始めました。
これは二ヶ月限定のカフェの予定でして こういった生き方を快く思わない方もいらっしゃるかも知れない。
これまで関わった、馬の仕事の牧場主さんや、芸舞妓のイベントの衣裳方さんと接する中で感じたこと。私は職人肌の方々とは(善し悪しの観点ではなく、)平行線であって交わりはしない、
飄々としているがゆえに毛嫌いされるようだ、と
それでも私はその方達と束の間でもご一緒できたことを有り難く、財だと思い
才の芽を宿して下さったとも思っている。確かに、私の中でこれらは育ち、次なる糧にもなっている。
(と、この考え方が生意気なのだ)
はたまた今現在に始まらず、大学を卒業し、海外を一年住むうちからずっと考えていたことがありました。
形ではなく精神面での「半自営業」の生き方。あるいは、「季節労働者」の表現。(これは、ある日写真展で見た「ユージン・スミス」の作品 季節労働者より得たインスピレーション。)
ずっと考えてきたことはそうそう変わるものではなく… もとい、私には「筋を通したい」気持ちがずっとあるのです。
小学生くらいのときから、ずっと。
だから、フィリピンで知り合った人に2年後くらいに「あにぃのやりたいこと、考えていることが以前と変わらずそこにあって、着実に向かっていることに驚いたよ」と言われたことには、気づきをもらえて驚き、とても嬉しかった。
ところが、この核なる…人生的な野望は、足の靱帯断裂と共に一度絶えかけ、今模索の暗中にある。
そんな私は今、カフェの経営者として京都にお店を構えたところなのだけれど、
(このお店は、年末には閉める予定で開始した。個展を開いているような、気持ちです。)
これは2年前に勤めた宿の経験から構想が始まったこと。
ところが、実現のスイッチを入れたのは、皮肉にも この足の怪我。
いつか、いつか必ず足が動きにくくなる日が来ると思っていて、
それでも働けるスキルを身につけたくて、髪を編むブレイズの技術と、このNZ式バリスタの資格を手にした。
それでもやっぱり、根底にあるのは以下に書く思いだった。
それは、足のことも、宿の仕事も始まる以前…
枠を抜けての序幕が開ける前にいた私の気持ち。
先日、私のカフェで営業をしないかと誘った関東の友人へのメッセージから。
友の名は、あだち。
彼はタロット占い師として起業し、ちょうど今、活動を拡げようとしているところなのです
*
これを機会として、ゲストハウス系&海外の人向けでのアダチの軌道が見えてくることを祈っています。
私のカフェでは、12月末の営業満了予定までの間、あだちの必要があるならばいつでも来て頂きたいとおもっているし
何にせよ 良い流れが出来ることを少しでもサポートできたら幸いよ。
私の半自営業的な生き方は、時間の制約をなくすことで他者のサポートをしながら 少し社会貢献が出来ることを願ってのことなので…
今回、あだちの行動力によって活気を頂けたこと、幸いに思います。
*
私にとって、夢や希望や展望や野望、
喜びや満足といったものが、 こんなにも「他者」と関わる中で生まれ
育まれ、実を結んでいくものだとは
高校からその先に上がるところでは きっと想像も出来なかった。
不思議ね、中学三年生の夏から ずっと向かった英語のノートが
今こうして 人と人を繋げる媒体として
そして私の軸として彩られたこと。
この彩りは、ずっと半透明であってほしい。
軸が、中身が、大元が、根元が、
その時大事にしていた人との会話や、その種が、
見えなくなってしまわないように。
私がどんなに世界を知っても拡げても、大事な人の存在はいつまでも忘れない。
ちひろの存在は隠れたりしないし。
「思い出す。」
それは、ゼロかヒャクとか
白か黒か、
とかが割と好きな私の筋でもあるけど
半自営業とか 半透明とか、
ひとと繋がる意味を見るとき、つつみこんでくれる果肉にようでもあるのよ
甘く、みずみずしく、鮮やかな色で
次なる実を結ぶために きっと大事なサイクルのひとつなのよ
それが、半分 自分を営むと言うこと。
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