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in kyoto, in NewZealand, in Oz land, be in adventures, is the life of mine at this moment
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天皇陛下のお気持ち、を ようやく聴けた
(メディアに放映されたときには海外に居たので、文面では拝見したけれど、ようやく発信されたお言葉を聴くことができた)
父の意向もあって正座して拝聴した。


本当に心の優しさに包まれた文章で
日本の国の奥ゆかしさが内在していることへの感動と、
長い歴史を誇るべきことと
心配も同時に感じこそすれ、この国の文化を背景に育ったことに、深く感謝を思った。


社会の移り変わりや需要と供給に因って、人々の在り方が変わって自然と思うけど、
言葉遣いや、思いやりや、人の言葉にきちんと耳(と、心)を傾けることの大切さを
意識できる機会が大なり小なり世の中にもっとあればいいと思う

メディアよりももっと、個々人が他者と話す機会に於いて。

自慢たらしくはならない言葉の選び方で、日本の伝統文化や考え方の共有、
海外の人にも伝えられたらいいなぁと思う。
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ぅおー あたまいてーよ

やらんといけんことがある時に体調崩すっていうのはホント時と場所を選んでくれない
とかそういうの検討して予定立てるべきで じょじょにはやってるつもりやが、
小学校の夏休みの宿題からこちら、ぎりぎりに終わる、ってことが習慣化している

頭の中で ほんとの締切より早めの時期を締切とする戦法でなんとか対処しようとしてるけど
あたまはそのトリックわかってるから 結局最終締切に立ち向かう。笑
+ できたこと *今からすること

+ 今、ばあちゃんに手紙書いてる。
* ソニアん家のお皿洗い、
+ 友人の婚礼へのビデオ送れた^^
* 荷物まとめはもう少しあとで
* お土産用のソーセージを買う
+ 大学の奨学金に関する質問の回答できた。良かった
+ 返信系けっこうできた 毎回渾身込めるでタイミングとモチベーション勢い大事(しかもこういうのって、後に何か用事があるときほど集中できるという、テスト前に部屋掃除的症候群。いつも用事作ると、それはそれで時間取れず進まないという板挟みと言い訳。)

こるむにゃにメールするのはいつも緊張する
ルイには電話でも出来るような居心地の良さ

ようはキャッチボールって訓練と受け皿に対する安心感だと思う
自分の思うように返ってくるとか そういう憶測をすればするほど緊張してしまうが
けっこう良いように憶測は外れる、って心構えて最近は送るようにしてる
結局他人の行動って良く言えば予想の範疇にはならない。
だからおもろいし、楽しんでなんぼ、
とまでは思えるようになってきた。
昔5行のメールに1時間も掛かって、結局送信も出来なかった情緒不安はどこから来たのだろう
たぶん自分の文字への自信のなさと返答への恐怖、以上に相手がどう私の言葉を追究したり
取り違えたりするかの心配に継ぐ読み返しの連続。

なんでもいいひとには連絡することすらしないので、
なんでもよくないひとには結局言葉選びをする
そんな中で、ルーは飛びきりになんでも良く受け止めてくれるのを知っているから
私はたぶん、世界でいちばん彼に声を掛けやすいのだと思う
いつまでも親友かそれ以上でいたい。
ルイが子供ほしくないなら
ルーがぅちの子供のゴッドファザーになってくれたら良いのにとか望んでしまう
ゴッドマザーはちぴこがいいなとか妄想するけど ぅちばっかり選んでいてはいけない

欲張り。
あさって日本に向かうとかけっこう信じられん。
時差も距離も半端ないなー
おまけに、気候も違うけん、日本暑いんやろなー!

私が繋がっていたい縁はまだそこにあるのだろうか?

世界規模でも心の規模でも還るところがあるのは幸せなことよ
親が存在するとか、
国の許可(ビザ)がなくても滞在できるとか、
小さな花にありがとうを言う心とか。

父親に、コルムとのツーショットの写真お送りしたら(自分の笑顔がものすごく楽しそうだったので)「ええ写真送ってくれたねぇ」ときた。意外だった。無反応だと思った。
父はそろそろ私が海外の人と一緒になることに許容して下さっているのだろうか?
それでも契り関係は家のこと、って気持ちは離れないなぁ。
個人的に、だったら事実婚でも、婚礼と子供の後先はどちらでも良いと思えるようになった(大きいのはビザのこと)やけど、いざ誰かと一緒になるって考えると やっぱり親と話し抜きには出来ん。

この先誰と出会うかってのもわからない話やけど
まぁなんにせよ楽しみだぜ。

出来る限り日本にいて友人の婚礼やら参加できたら、と思う他方
時期が限られるけど、これはネット社会に感謝やなぁ。
あとはもういっちょ自分がどこにいても食ってけるような術を磨いて、
村だろうが都市だろうか、南半球だろうが山間地帯だろうが
幸せに生きていける心の器を強くしていこう。

手紙もメールも、うんと送らなくなってしまった最近、のような気がするけど
ばあちゃんや大事な友人には送りたいと思うし
会えるときには逢いたいな
夏から秋口までの住み込みの仕事が決まったから、
それまでしゃかりき頑張って働いて、オーストラリア入りしたあとに少しでも心のゆとりもって英語の勉強できるようにする。
だからたぶん、年末年始までも日本で稼ぐ計画にしたいから、11、12月は京都に住みたいなぁ
またレセの仕事がしたいなぁ。

ほんで年始から9月まではメルボルンにいられる。
ドラムのレッスンとか、ルイと珈琲片手ののんびり散歩したりギターの練習したり映画みたり、なんかのんびりな日々を送って、
2月にはアイルランド行くビザを申請する。
許可が下りたなら、2017年冬前にはアイルランドに行く。秋くらいだったらコルムにゃん仕事落ち着いているだろうか、束の間一緒に居たあとには冬にはダブリンでソニアと居て仕事を探そうか。

わたしゃもう今のところ、人間的なちぎりのルール等はもうなにがなんだかわからなくなってきたよ
子供の存在を意識するまでは、自分が落ち着く、幸せにちかくなる方法を考えて
それでいて、独身でいるつもりの人も、良い距離感を持ってぬくもる幸せを分けられたらいいと思う
有る意味、彼らの期限はいつまでもあるから、その空いている時期に私の存在を ただ入れ込んでくれたら良い。


人と話をするごとに自分の弱点や、
なぜアジアの人と一緒になれないのかという応え合わせが見えてきて
私は親になる覚悟はまだ出来てないので、誰かと結ばれる度胸もないものの、
やっぱり有る程度想像や予想をしながら歩みを考えていかにゃー、と思ってる。

カフェ宿をオープンするほどに、経済や計画は立てられていないので、
育児でもしながらその計画を暖めて、いつか叶えてみようかと思う。
マルチタスクな店にできたらおもろい。
音楽と、ギャラリーと、宿とレストランとタロットカードと野菜と鍼灸のある、
バリスタバーテンダーパティシエとコックが居る多国籍な店。
ビザどうするねん、て話やけどな。
その辺も勉強して方法を考えながら、さ。
孤児院ってのも、広いけど想定内。
日本の自給率云々も、未だに意識はしてる。
なんかかんか、とりあえず良い発信をできる媒体になれたら良い
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プロフィール
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