in kyoto, in NewZealand, in Oz land,
be in adventures, is the life of mine at this moment
逢いも変わらず、ルイとは週に幾度か会うたびに、
(ぅちは普段パーソナルスペースを広く取っているだけに、)ルーとの距離が近くて幸せで
なんで近づき切らないのかもどかしい反面、
こんな距離感もむしろいいかも、とマゾヒスト。
けど、時々「i miss you」を隣で言ってくるとか
あたま撫でてくれるとか
絶妙に繋ぎ止められている感じが解せぬ。
逆手、
私だってもう、開き直ってくっつきむしで良いと思っている。
最近ルーは仕事が多忙なために煙草を吸うようになった。
私は市販の煙草は苦手だが、巻きたばこは良いと思ってる。
スモーキングエリアは良い社交の場になったし、
今はルーが吸っている間は私はコアラになれる。
感情の壁にあるのはトラウマで、
近づきすぎると発作に繋がるという琴線。
感情と理性の優劣が均衡にあるときに発作が起きやすいのだろうと自己分析、
だからお酒を飲みたがっていたのだろうと、
今回ルーと会うときに、いっさいお酒を絡めないことから気づいた。
毎日会いたい欲求はないけど、一緒に生きていくのがこんなにも楽だと思えるひとは初めてだ。
ルイはとびきり優しい。優しいって語弊があると思うのは、別に親切とかいうより
心底私を大事にしてくれているなー押しつけがましくなく。と思う。
やることなすことトボけているから、全部本心なのだろうなぁと思える。
なんで将来が結べないかなぁ?
私が、子供や家族を諦めさえすれば
ルイと一生いきていくことができるのか?
そんな決定は今の私には難しすぎるから、ひとまず距離を置いてさようなら。
男の人のこだわりを、私も尊重したいから
彼の決定は肯定するし、
自発的に言わないことを深く追求しようとも思わない。
猜疑心に襲われないのは、彼の言動が作る誠実さゆえのことだろう。
互いに「愛」を言葉にしたことは一度だってないけど
愛も変わらず、私が積んだ野花を部屋に飾っていた。
(ぅちは普段パーソナルスペースを広く取っているだけに、)ルーとの距離が近くて幸せで
なんで近づき切らないのかもどかしい反面、
こんな距離感もむしろいいかも、とマゾヒスト。
けど、時々「i miss you」を隣で言ってくるとか
あたま撫でてくれるとか
絶妙に繋ぎ止められている感じが解せぬ。
逆手、
私だってもう、開き直ってくっつきむしで良いと思っている。
最近ルーは仕事が多忙なために煙草を吸うようになった。
私は市販の煙草は苦手だが、巻きたばこは良いと思ってる。
スモーキングエリアは良い社交の場になったし、
今はルーが吸っている間は私はコアラになれる。
感情の壁にあるのはトラウマで、
近づきすぎると発作に繋がるという琴線。
感情と理性の優劣が均衡にあるときに発作が起きやすいのだろうと自己分析、
だからお酒を飲みたがっていたのだろうと、
今回ルーと会うときに、いっさいお酒を絡めないことから気づいた。
毎日会いたい欲求はないけど、一緒に生きていくのがこんなにも楽だと思えるひとは初めてだ。
ルイはとびきり優しい。優しいって語弊があると思うのは、別に親切とかいうより
心底私を大事にしてくれているなー押しつけがましくなく。と思う。
やることなすことトボけているから、全部本心なのだろうなぁと思える。
なんで将来が結べないかなぁ?
私が、子供や家族を諦めさえすれば
ルイと一生いきていくことができるのか?
そんな決定は今の私には難しすぎるから、ひとまず距離を置いてさようなら。
男の人のこだわりを、私も尊重したいから
彼の決定は肯定するし、
自発的に言わないことを深く追求しようとも思わない。
猜疑心に襲われないのは、彼の言動が作る誠実さゆえのことだろう。
互いに「愛」を言葉にしたことは一度だってないけど
愛も変わらず、私が積んだ野花を部屋に飾っていた。
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”おとな”になるにつれ、おおっぴらに言えることは増えていく。
お金のこととか顕著だ。
私は、親にはなるべく頼らず自分でバイトなどで稼いだお金を旅費に充てているつもりだけれど、
それでも親の存在なしに大学へはいけなかっただろうし、いろいろな後押しをしていただいていることもよく感じている
例えば時間のことだって顕著だ。
世の中の多くの人は、他人の娯楽を垣間見ては「いいね」という
いいね(私にはそんな時間がない)
いいね(気楽でいて。私は仕事で忙しい)
そういう気持ちだってよくわかるのですが、他人をうらやんでそれを負の感情にしてしまう程ならば、
なぜ仕事をやめないの?
なぜ、飛び込もうとしない?
と、(女性陣には)思います。
私は少々男性陣に味方するきらいがあるのかもしれないけれど、
それは、自分とは違うものの傷みは、実感を伴って理解はできないため、多めに心配をする、から。
なので、
男性、
長女、
長男
生活を切り詰めている人
状況、身体的に身動きのとることのできないひと
の苦しみは、計り知れないと思っている。
最後のふたつは、経験則も多少あるので想像はしやすいけれど、差は計り知れない
ところで話は逸れたけれど
何が言いたいかというと、
海外に行くとか、自分の行動力にも最近驚きつつあるけれど、
あんまり大きな声でいうのは、子供がいて動けないとか、
仕事があって自由にできないとか
そういう人の前でいうとストレスを作ってしまうだろうから控えた方がいいだろうかなぁということだ。
それでいたって私の自由ではあるけれど、
言わずして誰にもストレスを作らないのと、
言ってしまって誰かの悲しみや暗雲を誘ってしまうのならば、
自己満足に言わなくていいのかな、と思うのですな
こうしてブログでは書くわけですが。
逆も然り。
お金のこととか顕著だ。
私は、親にはなるべく頼らず自分でバイトなどで稼いだお金を旅費に充てているつもりだけれど、
それでも親の存在なしに大学へはいけなかっただろうし、いろいろな後押しをしていただいていることもよく感じている
例えば時間のことだって顕著だ。
世の中の多くの人は、他人の娯楽を垣間見ては「いいね」という
いいね(私にはそんな時間がない)
いいね(気楽でいて。私は仕事で忙しい)
そういう気持ちだってよくわかるのですが、他人をうらやんでそれを負の感情にしてしまう程ならば、
なぜ仕事をやめないの?
なぜ、飛び込もうとしない?
と、(女性陣には)思います。
私は少々男性陣に味方するきらいがあるのかもしれないけれど、
それは、自分とは違うものの傷みは、実感を伴って理解はできないため、多めに心配をする、から。
なので、
男性、
長女、
長男
生活を切り詰めている人
状況、身体的に身動きのとることのできないひと
の苦しみは、計り知れないと思っている。
最後のふたつは、経験則も多少あるので想像はしやすいけれど、差は計り知れない
ところで話は逸れたけれど
何が言いたいかというと、
海外に行くとか、自分の行動力にも最近驚きつつあるけれど、
あんまり大きな声でいうのは、子供がいて動けないとか、
仕事があって自由にできないとか
そういう人の前でいうとストレスを作ってしまうだろうから控えた方がいいだろうかなぁということだ。
それでいたって私の自由ではあるけれど、
言わずして誰にもストレスを作らないのと、
言ってしまって誰かの悲しみや暗雲を誘ってしまうのならば、
自己満足に言わなくていいのかな、と思うのですな
こうしてブログでは書くわけですが。
逆も然り。
素直に単純に書けないのは何故だ。笑
これ、多くに公開もしていないブログなのだから
何も臆せず書けばいいものを。
濁すことばかり書いてしまうけれども、
ルイが好きやなぁという実感を綴りたかっただけです。(照れ笑い)
ルイ相手には、多くを求めようともしない自分も好きだ。
プレゼントを、使われなくたって
思い通りの反応でなくたって
「私がそうしたいからやっているのよ」で なんだか落ち着いちゃうのが不思議だ。
焼いたケーキを、目の前で披露する機会が削げたって
私は何故か、ルイを前にしてでは苛立ちも悲しみもわかない。
なぜなら理由をいつも、持ってくれているからだと思う。
理不尽な気持ちに突き落とすことを、一度だってしなかったからだと思う。
会いたいなぁと強く思って逢えなくたって、
ま、いっか。今回は会えなかっただけだ、
と多くを気にすることなく自分の時間作りに切り替えがすぐできるのも
ルイへの気持ちが適度に浅く濃いものだからなのかなぁと思う。
メッセージを送ると、数日経たぬ間に返してくれる。
毎時間連絡交換しなくっていい。一日おきくらいで互いに満足している温度が心地いい。
お誘いの声をかけると、ほぼほぼ応じてくれて、
合わぬ予定ならば振替を提示してくれる心優しさが好きだ。
電話は私もしないから、それを求めたりしない条件が同じでありがたい。
背が高いから、隣り合わせて歩いていたら顔には全然近づけないことだけ少し悲しい
これ、多くに公開もしていないブログなのだから
何も臆せず書けばいいものを。
濁すことばかり書いてしまうけれども、
ルイが好きやなぁという実感を綴りたかっただけです。(照れ笑い)
ルイ相手には、多くを求めようともしない自分も好きだ。
プレゼントを、使われなくたって
思い通りの反応でなくたって
「私がそうしたいからやっているのよ」で なんだか落ち着いちゃうのが不思議だ。
焼いたケーキを、目の前で披露する機会が削げたって
私は何故か、ルイを前にしてでは苛立ちも悲しみもわかない。
なぜなら理由をいつも、持ってくれているからだと思う。
理不尽な気持ちに突き落とすことを、一度だってしなかったからだと思う。
会いたいなぁと強く思って逢えなくたって、
ま、いっか。今回は会えなかっただけだ、
と多くを気にすることなく自分の時間作りに切り替えがすぐできるのも
ルイへの気持ちが適度に浅く濃いものだからなのかなぁと思う。
メッセージを送ると、数日経たぬ間に返してくれる。
毎時間連絡交換しなくっていい。一日おきくらいで互いに満足している温度が心地いい。
お誘いの声をかけると、ほぼほぼ応じてくれて、
合わぬ予定ならば振替を提示してくれる心優しさが好きだ。
電話は私もしないから、それを求めたりしない条件が同じでありがたい。
背が高いから、隣り合わせて歩いていたら顔には全然近づけないことだけ少し悲しい
包み隠さずにいえるのは、
もうそんなに無いなぁと思っている
文字によって他人に発信する言葉には、直接的に鵜呑みにされると
歪曲して通じる恐れが伴うし、
自己の状況が変わるスピードに他人を巻き込むことを私が許容しないため、
またの第三者によって変更が生じる出来事を迂闊に話せもしない。
SNSの恩恵を強く受ける生き方をしているので
たった少しの不安材料をいうとしたなら、自分の状況が如何様に受け止められるか恐れながら居なくてはならぬということ。
だからここに書くのは、
前回オーストラリアを離れる時に別れたルイとは、この一か月で幾度も顔を合わせていて
やっぱりすごく愛しく思うけど一緒になれない想いがあって
ただ、なぜかわからないので誰にも話せない。
だからこそ彼が好き、なのだろうけど
彼氏彼女という約束を再び交わしていない以上、
キスさえしないという暗黙の了解が流れている
誠実で、ちょっと不器用で、まっすぐで純粋で
他人を思いやるがゆえに自分を苦しくしてしまう程の、いじらしい彼が本当に好きだ。
生物的に、なのか
彼が唯一の、気にしていたい異性だからなのか、
もっと近づきたい感情が湧く相手であることを、
今日伝えて
彼も同じように思っていることを受けて、疑問。
じゃあなんで私たちは一緒になれないのだろう?
まったく意味がわからん。
理由は幾つかあれど、そんなのは私にはもうどうでもいい
ただ、今現在がなぜ上手くできないんだろう。
ちぎれそうなくらいに窮屈な気持ちと、
それでも自己防衛のために発言を拒む脳みそに、なんとか改革を与えねば この先も一生私は
頭の中にある悪性腫瘍のようなものを取り除けないのだろうと思って
「キスしたい」なんて発言は、自分の汚物感、自己嫌悪、醜形恐怖、過去の嫌な思い出の反芻、消え去りたい感覚、発言の以降に起こるかもしれない発作や憂鬱感を引き出すものだけど
この機会と、ここに居てくれる無二の存在に打ち明けずして いつチャンスが訪れるのだろうと思って
伝えた。
これは、友人に話すことの意味を否定しているわけではなくて、対象である存在に話さない限り
感情の伴った分析は成しえないと思ったから。(理性的に、自分の発作について等話しても、これは報告にはなれど、治癒に繋がる療法にはなりにくい)
ルイほどに暖かな存在を保ってくれるひとが他にいるのだろうか?
痛いほどに手を握り締めさせてくれて、それでも無言のまま勝手にうろたえる私を
無視も焦らすことも苛立つことも競うこともなしに受け止めてくれて
本当に有り難かった。
ただ、自分の言葉さえ私は信用はしない(なぜなら経験則的に、「現在」に近い人を優先して大切に想う性格していると自己分析しているからだ。)
けれどもルイを信用できる。
仕事前で、
風邪気味で疲労しているのに、
取り乱している私を上手く落ち着かせてくれる才能に、いたく感動した。
それでもルイとの将来は、やってこないのかもしれない
もしくは、今この瞬間は、長い人生の尺でみて、ほんのわずかの隔たりなのかもしれない。
誰しも、付き合って間もない頃には相手を好いて当然なのだから、
この感情が永遠だなんて、気持ちでは求めても、頭ではそうならないだろうとか思ってる。
けど、ルイほどに安定して存在してくれている人は、これまで居なかった それだけは紛れもなく事実だ。
理由はわからないけれど、私は彼に猜疑心を感じることはないし、
彼の前でよく涙を流してはいるけれど、一度だって喧嘩にならない
怒りの感情が発生しないのは
花や葉っぱや、鳥や、大きな草食動物が草をはむ隣でぬくもっているような気持ちだからかもしれない。
具体的な性的な話は、自分を汚物のように感じる気持ちを防衛するために
脳みそが塞き止めているかのように言葉が出てこず、
伝えるまでに物凄い沈黙と戸惑いを経たけれど
なんとか前進出来てよかったと思う。
明日だか暫くして、消えたくなるほどの羞恥感に襲われたり
不安発作に負けそうになるかは、わからんけど
そうでもしないと治りもしないのだろう、と好い加減10年ほど苦しんだ結果が背中を押してくれている。
将来家族がほしければ伴侶が私には必要で、
そうなれば自分を直していかなければならぬ。
結果はついてくるものとしても、私はいつも、無理やりやなぁ。
もうそんなに無いなぁと思っている
文字によって他人に発信する言葉には、直接的に鵜呑みにされると
歪曲して通じる恐れが伴うし、
自己の状況が変わるスピードに他人を巻き込むことを私が許容しないため、
またの第三者によって変更が生じる出来事を迂闊に話せもしない。
SNSの恩恵を強く受ける生き方をしているので
たった少しの不安材料をいうとしたなら、自分の状況が如何様に受け止められるか恐れながら居なくてはならぬということ。
だからここに書くのは、
前回オーストラリアを離れる時に別れたルイとは、この一か月で幾度も顔を合わせていて
やっぱりすごく愛しく思うけど一緒になれない想いがあって
ただ、なぜかわからないので誰にも話せない。
だからこそ彼が好き、なのだろうけど
彼氏彼女という約束を再び交わしていない以上、
キスさえしないという暗黙の了解が流れている
誠実で、ちょっと不器用で、まっすぐで純粋で
他人を思いやるがゆえに自分を苦しくしてしまう程の、いじらしい彼が本当に好きだ。
生物的に、なのか
彼が唯一の、気にしていたい異性だからなのか、
もっと近づきたい感情が湧く相手であることを、
今日伝えて
彼も同じように思っていることを受けて、疑問。
じゃあなんで私たちは一緒になれないのだろう?
まったく意味がわからん。
理由は幾つかあれど、そんなのは私にはもうどうでもいい
ただ、今現在がなぜ上手くできないんだろう。
ちぎれそうなくらいに窮屈な気持ちと、
それでも自己防衛のために発言を拒む脳みそに、なんとか改革を与えねば この先も一生私は
頭の中にある悪性腫瘍のようなものを取り除けないのだろうと思って
「キスしたい」なんて発言は、自分の汚物感、自己嫌悪、醜形恐怖、過去の嫌な思い出の反芻、消え去りたい感覚、発言の以降に起こるかもしれない発作や憂鬱感を引き出すものだけど
この機会と、ここに居てくれる無二の存在に打ち明けずして いつチャンスが訪れるのだろうと思って
伝えた。
これは、友人に話すことの意味を否定しているわけではなくて、対象である存在に話さない限り
感情の伴った分析は成しえないと思ったから。(理性的に、自分の発作について等話しても、これは報告にはなれど、治癒に繋がる療法にはなりにくい)
ルイほどに暖かな存在を保ってくれるひとが他にいるのだろうか?
痛いほどに手を握り締めさせてくれて、それでも無言のまま勝手にうろたえる私を
無視も焦らすことも苛立つことも競うこともなしに受け止めてくれて
本当に有り難かった。
ただ、自分の言葉さえ私は信用はしない(なぜなら経験則的に、「現在」に近い人を優先して大切に想う性格していると自己分析しているからだ。)
けれどもルイを信用できる。
仕事前で、
風邪気味で疲労しているのに、
取り乱している私を上手く落ち着かせてくれる才能に、いたく感動した。
それでもルイとの将来は、やってこないのかもしれない
もしくは、今この瞬間は、長い人生の尺でみて、ほんのわずかの隔たりなのかもしれない。
誰しも、付き合って間もない頃には相手を好いて当然なのだから、
この感情が永遠だなんて、気持ちでは求めても、頭ではそうならないだろうとか思ってる。
けど、ルイほどに安定して存在してくれている人は、これまで居なかった それだけは紛れもなく事実だ。
理由はわからないけれど、私は彼に猜疑心を感じることはないし、
彼の前でよく涙を流してはいるけれど、一度だって喧嘩にならない
怒りの感情が発生しないのは
花や葉っぱや、鳥や、大きな草食動物が草をはむ隣でぬくもっているような気持ちだからかもしれない。
具体的な性的な話は、自分を汚物のように感じる気持ちを防衛するために
脳みそが塞き止めているかのように言葉が出てこず、
伝えるまでに物凄い沈黙と戸惑いを経たけれど
なんとか前進出来てよかったと思う。
明日だか暫くして、消えたくなるほどの羞恥感に襲われたり
不安発作に負けそうになるかは、わからんけど
そうでもしないと治りもしないのだろう、と好い加減10年ほど苦しんだ結果が背中を押してくれている。
将来家族がほしければ伴侶が私には必要で、
そうなれば自分を直していかなければならぬ。
結果はついてくるものとしても、私はいつも、無理やりやなぁ。