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in kyoto, in NewZealand, in Oz land, be in adventures, is the life of mine at this moment
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やっぱり寂しい。
お天気が良いのが、なんだかうらめしい。

外に出ないともったいない焦燥を抱えつつ、
なんかやるせない。

お手紙書いたりお礼状書いたり
なんやすることはいろいろあるはずやが

打ったあたまのずきずきに乗じてなまけている。
これをフランス語でラ・フレムという。

そんなんで、ギターが少しレベルアップした
これだけ唯今自分の行動を肯定できる出来事。
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階段すべってマネキンみたいに落下して左後頭部強打した昨日

ずきずき痛いよー

歳も歳なので、なんらか支障でてきたら怖いなーとか思う
幼い頃はすべりだいから真っ逆さまでも大丈夫だったのになー
人体の不思議。


それにしても考えすぎ性分か、あながち間違っていないか、
なんか大きめの怪我や失くしものをするときって、
それに準ずる大きな災いから守護者がまもってくれているか、
何か悪いことをしたことへの戒めのように思う。

今回は後者のように思うのは、きっと罪悪感からだろう。

別になんら悪いことはしていないし私フリーなはずやのに、
誰かが悲しむことを考え出すと身の振り全てを気にし始めるよ。

私が求めることの副作用に誰かが悲しいのは堪らない。

ルーにはStay Goldを送りたいし、総じて"誰かの願いが~"の歌みたいだ。
”異常に”偏った考えをしている人も多く見てきた
ある人は酔っぱらっていただけかもしれないし、
ある人は、ただその時ストレスに押しつぶされていた時期なのかも。

私だって、白黒はっきりしたかったり、
意思表示をしようと努めて 偏っているように見えてもしょうがないと思うし、
Blogは度外視すべきと思う、
そもそも互換性を求めては居ない文字媒体に、
「自分のことばかり」で当たり前。

それはさておき、男の人はとかく自分のことを話したがるな、と この3日でも随分と感じたし、
女の子が 彼らの伝説に耳を傾けることを
男の人は喜びと取ることも情報として知っているので
パブで声を掛けられたら、自分の話するの面倒くさいし
質問を繰り返してみる。
思えば、女の人も同じやけどな。
やし、「この人に話したら素敵な意見もらえるかも」は、行きずりの人にはまるで期待しない。

良い友人にも、異様にかけ離れた価値観
特に海外の友人には 同じアイリッシュであっても 極端に違う人もいるもんだから
受け止めた全部を飲み込むでなく
受け止めて、どう判断し、咀嚼し飲み込むかを自分で決めるべき。
その訓練があんまり成されておらず、受け身で飲み込むばかりの教育制度やけん、
日本人は自分がない、とか ちょっと誤解を招くようなラベルを貼られるのさ。
日本人は、なるべき極端ではないだけ。

海外の人と付き合いが多くなると、まるで反対の意見、
同じ人間が、まるで反対の意見を繰り出すことにびっくりすることだって多々ある。
ドタキャン、とかいうわかりやすいものに留まらず。


これを私、よく狩猟民族と農耕民族の生活パターンから分析するのが好きなのだけど、
日本人(主に農耕)の方向変換って、大きく動いて
「収穫の時期を明日にするか来週にするか」だとかなもんで、方向は一緒なのよ。
かたや狩猟民族は「南に狩りに行くか、北に狩りに行くか」「獲物が進路を変えたので(右から)左!」なんて容易に起こりうるもんだで、
そんな方向転換にいちいち喜怒哀楽起こしていたら心が持たないのだろうね。


この綴った文字にだって、別に正しいも間違いもあったもんじゃない。
読み手がいるとしたなら、
その読み手が私の言葉を受けて、
おもしろいと思えば取り込めば良いし、反感があれば無視するか、それでも一度飲み込んでみて
どのように自己の意見に作用するか様子を見ればいいだけのこと。
自分たちを幸せにするために、同意の元 一緒に眠るのは悪くないはず

そうじゃないと思ってきたけど
それほどまでに潔白を保つ歴史でもなくなってきたように思う。

過去や将来を心配するでなく
今の自分を幸せにすることで結果的に予期不安は解決されていって
けっこういろんなことを肯定できるようになったよ。

時間が限られているから、必死に予定を詰め込んでつらくなるなら
別に有意義にプランを組まなくたって
今日のダブリンでの一日、ゆっくり起きて
ゆったり丘からの景色楽しんで、
ゆるりとひとつだけ博物館、見回って。
それでいいじゃない

またこの国には来るかも知れない期待を残して去って良いじゃない。

5年経つるあいだ
そもそも私も彼も 約束に繋がれた関係などなくて、
私と彼も、約束など結ばなくて
それでもただ寄り添っただけで心地よくすごした。

なんで一方通行が嫌かって、
求められることを断ったとき、その人のすべての厚意がまるで
その「求め」の為にあっただけであって ほんとの快さからきているものじゃないと
自他共への嫌悪に苛まれるからよ。

だから私、昔付き合った人と逢うのが最近心地よくなってしまったんだと思う。
思いの方向など気にすることなしに
お互いに約束もなく手を取り合えて、手を放つのだから。

そこに悪い気持ちを感じなくなっていることが、唯、何かに背いているという後ろめたさがあるだけで
自分が別に孤独に還るってだけ、きちんと自覚すれば
何も怖れることはない。
それが相手にも相違ないのを感じるときのみ、優しい気持ちでその人の過去も将来も包める気がする。それって素敵なんだよ。そこには怨みも妬みも関わらない

コルムと再会して、離れて、幸せを感じた10日間だけを胸に残してさようなら。

左様ならば、わかれましょう。
左様ならば、また逢いましょう。

それだけの話。

刹那の煌めきの話。
星の瞬きは、何万年か前の話。

一番星をきらきら手に取った
ヨーロッパ住むことになるかも。


ほんと、奇想天外な人生を綴ってきていると思うけれど
タイミングやら選択やらが、いつも繋がってここにあることに感謝が絶えないし
お金と離れた人生送ってるなーと思う

だからこそ、キャリアとか世間体とかから離れている価値観の中、
日本の生活の中にあるかすがいってなんだ?と思ったとき、
友人知人も家庭を持ち出していて、
人との「つきあい」の必要性が、体の存在より文字の繋がりが大きいと感じている


ホテルで勤務してきたこと等考えて、
アイルランドのオフシーズンに突入したら、日本の紅葉~年末年始のオンシーズンに季節労働する方法をとれるわけやし、秋~冬なら暑すぎないし、
互いに 労働する期間&育児の期間を分配できる生き方ってなんとも面白くて素敵な支えあいじゃないかと思える。
収入は決して充実しているとは言えないだろうけど贅沢は元来必要としない性格でよかったと思う。
里帰りの航空券とかかな、使うとしたら。
日本の教育とか社会の目とかを気にするならアイルランドに住むのが良いし、欧州の友人も多くいることに気付けた。この、ヨーロッパ間の移動のしやすさは驚きだ。

まだ具体的に決まったわけじゃぁないけど、
コルムと連れ添うことになったら、の計画が成り立つように思えてきた

落ち着けたらいいな
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プロフィール
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Annie
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自己紹介:
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自由自治の国際派奔流ニャーツです
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